読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

For No One

パリ、東京、ニューヨークでの思い出話や日々思うことをつらつらと書いていきます。

ノエル

ものすごく時間があいてしまいました。

今日はクリスマスイブってことで、それにちなんだ思い出話を。

**************

うちはとにかく客が多い家だった。

父がすぐに会社の同僚を連れてくるし、

母は母で友達を呼ぶし。

 

学校から戻ってくると、いつも誰かしらうちでお茶を飲んでいた。

 

そんなものだからクリスマスはそれの集大成だった。

単身赴任でパリへ来ている同僚を全員呼び、

その他の友人も呼び、

毎回15人くらい来ていた。

 

料理は全て母の手作りだ。

中学2、3年生あたりから、ケーキ担当は私になった。

 

朝からマルシェへ行って、七面鳥やらステーキやらフォアグラやら生牡蠣やらチーズやらを大量に買い込む。

 

ゆで卵に切り目を入れてケシの実をつけたりグローブを刺したりして、小鳥のように飾り付けてサラダの中央に。

栗やお米でフィリングを作って、七面鳥に詰めてオーブンで焼く。

フォアグラはステーキに乗せて、ロッシーニに。

ケーキはダークチョコとマスカルポーネのクリームで作ったロールケーキ。

チョコクリームの表面をフォークでひっかくと、木の幹のようになる。

父はシャンパンやワインの調達だ。

そして人数分のメニューを、私がカリグラフィー用の万年筆で一枚ずつ書く。

お皿もみんなリモージュのお揃いで、ナプキンも折り紙のように折って綺麗に置く。

ナイフ、フォーク、スプーンは全て二本ずつ。

そんなに広くない家のリビングが、立派なフレンチレストランの個室になる。

 

みんな、一張羅を来て、ワインやケーキを片手にやってくる。

 

散々飲んで食べてご機嫌になった大人たちは、

私といつもトランプで遊んでくれた。

 

クリスマスは、とびきり特別な日だった。

 

自分が友人を呼んで料理を振舞うようになってから思い返すと、

母はよくぞあんな大変なことを毎年やっていたと思う。

お正月も大体人がたくさん来てたし。

 

「単身赴任は寂しいから、クリスマスはうちでフルコースを」

というのが親のモットーだったと思われる。

 

見習いたいが無理そうだ。