For No One

パリ、東京、ニューヨークでの思い出話や日々思うことをつらつらと書いていきます。

2度目の転校

フランスの新学期は9月。

小学校は5年、中学校は4年、高校は3年。

 

小学6年生の1学期で日本人学校からフランスの現地校へ戻った私は、

通常であればフランスの中2から入るはずだったのだが、

「キリがいい」ということでなんだか中学1年生になった。

 

落第してもいないのに、一年遅れたということだ。

前に書いた通り、留年や落第は珍しくないので全く気にならなかった。

 

転校したのは、日本人学校のいじめが理由では全くない。

 

もともと5年間の任期でパリへ駐在員として送られた父親は、

日本国際観光振興会で働く公務員だった。

5年経って日本へ戻ってくるよう辞令が届いたとき、

父は「やだやだっ!!」と言わんばかりに、会社を辞めてパリで転職したのだ。

 

妻と、ビミョウなお年頃の娘の今後の人生を抱えて40近くで転職するとは、

今考えると相当思い切った行動だ。

 

しかも観光業から、自動車の部品を作るメーカーへの転職。

日本企業のパリ支社で、直接雇用のような契約をしたんだと思う。

当時家族ぐるみで仲良くしてた家族のお父さんが、そこの支社長だったんだ。

 

日本の本社で作業服を着て工場で数ヶ月間研修を受けたりして、

新卒採用・技術系・年功序列がメインの日本企業への転職は風当たりも強かっただろうし、苦労も多かったと思う。

 

今自分がその年齢になって、どれだけ情熱を持っていないとできないことかがわかってきた。

 

父は、そこまでしてフランスに住みたかったんだ。

 

当時そんなことはつゆ知らずの私は、

「また転校かあ。」

くらいにしか思ってなかった。

 

社宅だったパリ17区のマンションを離れ、

ブローニュの森で有名なパリ郊外、Boulogne-Billancourt市へ引っ越した。

 

現地校ライフ、再開。